矢吹申彦さんの描いた雲

NOV.という署名
69年から7年間「ニューミュージック・マガジン」の表紙とADを手掛けていた矢吹さんが先月亡くなった(1944.4.7-2022.10.28)。当時、とにかく情報が少なくむさぼるようにこの雑誌を読んでいた。小倉エージさんの紹介するアメリカを中心とした音楽には決まって矢吹さんのイラストが添えてあった。

暖かみのある線が当時好きだった音楽にとてもよく似合い、まるで目の前で音が鳴っている様にも感じていた。ザ・バンドのラストワルツのレポートに心躍ったことは今でも忘れられない。そして、私の好みを知ったかのように大好きだったミュージシャンのアルバムジャケットも描かれていて、そこには必ず「NOV.」と署名されていた。

東京の街
東京を意識しだしたのは広島勤務から東京へ戻ってきてから。本籍地日本橋ながら詳しく知らなかった東京の街が『東京面白楽部』(1984)によって鮮明に浮かび上がった。物事の正しい見方や仕草、ひっそりと息づく伝統が静かに語られ学ぶことも多かった。

当時住んでいた根津にも近い神田須田町のまつやに出入りするようになったのはこの本がきっかけだった。30年後に出版された『東京の100横丁 フリースタイル』は横丁に絞った内容となっていて忘れかけた=失った町角が瑞々しく描かれていて読みごたえがある。

一方「池波正太郎のそうざい料理帖」はお料理の話。池波正太郎が書き連ねた随筆から食に関する話をピックアップ、矢吹さんが実際にその料理を調理し、イラストと注釈を入れ季節ごとにまとめた内容。決して高級食材をふんだんに使ったきらびやかなものではなく、ごく身近な(それが一番の贅沢かもしれないが)材料でおいしく作る。あとがきにも触れられているが、間鴨入りぶっかけ飯なんて一度は試してみたい。伊丹十三との思い出話インタビューも必読だ。

イラストレターは何故こんなにまで音楽好きなのだろうか。矢吹さんはアメリカのロック、湯村輝彦(1944.11.1-)さんはR&B~ソウル、河村要助(1944.4.28-2019.6.4)さんはドゥワップ〜サルサ、和田誠(1936.4.10-2019.10.7)さんはジャズ。好きな音楽が躍動する画風に現れているし、独特の文体を読んでいるだけで引き込まれてしまう。存命の湯村さん、お元気かなぁ、とふと思ってしまった。

CD棚から久し振りに矢吹さんの手がけたジャケットを取り出し並べてみると、雲がとてもきれいで雲へのこだわり=偏愛を感じてしまっている。私の雲好きは、ひょっとして矢吹さんのせいかもしれない。

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