おいしいパスタがあると聞いて 歌声が人生の応援歌に聴こえるようだ

20代前半の姿
ジャカジャ〜とあいみょん自身のギターで始まる「黄昏にバカ話をしたあの日を思い出す時を」は、マーチのリズムに乗ってフラットマンドリン、アイリッシュ・ブズーキ、アコーディオンなど色とりどりのサウンドが飛び出してくる。《金があればなんでもできるかもしれない、でも鐘の鳴る方へは行かないぞ》と決意表明的な歌をアルバムトップに持ってくるあたりは前作と同じ。メジャーデビュー当時のもがく感じを忘れないように、とインタビューで語っていた。まるで水前寺清子の「三百六十五歩のマーチ」を思い出して仕方がない。

曲間0秒で始まる「ハルノヒ」は「マリーゴールド」的な存在。《どんな未来がこちらをのぞいているのかな。君の強さと僕の弱さをわけ合えば、どんなことができるのかな?》クレヨンしんちゃんの映画(新婚旅行ハリケーン〜失われたひろし)と淡麗グリーンラベルのテーマソングに起用されたが、普遍的な歌になって聴かれ続けていくだろう。

そういえば数年前に女性活躍推進プログラムに取り組む外資系の会社と仕事をしていて歴代の担当者は全員女性だった。そこそこ身なりが良くて向上心もあり頭の回転も良く、高層ビルの風景にも溶け合っていた。それでもある種の生活感も感じていて対応に工面したことを「シガレット」を聴きながら思い出してしまった。

メジャーデビュー作「生きていたんだよな」を彷彿させるシリアスでヒリヒリする「サヨナラの今日に」《切り捨てた何かを拾い集めても、もう二度と戻る事はないと解っているのにな。切り捨てた何かで今があるのなら「もう一度」だなんて、そんな我儘言わないでおくけどな》イントロのギターも含めて熱量の高い曲。再開発でまるで風景が変わってしまう前の渋谷駅周辺を映し出したMVの映像は今となっては貴重だ。

終電逃してなんのつもり?だなんて言ったことないけど、言われたら辛いよなぁと分かるような気がする。脈アリかなと思っていたら「なんのつもり?」と言われたら返す言葉もないし《気持ちの悪い自分を殴りたい》。あえてタイトルを朝日ではなく「朝陽」にしたセンスが凄いと思う。

あいみょんの歌は言葉のひねり具合を曲に乗せた時、二重三重にイマジネーションを膨らませて聴こえることが多く魅力のひつだと思う。《裸の心》はストレートで切々と心に響く。22歳頃、「マリーゴールド」で注目を浴び始めた反面一人になりたくなったこともあり、一人でいる設定で女の子の気持ちを書いたとインタビューで語っていた。

《なまぬるい空気を吸いこんで見たことのない聖地を泳ぐ…》タイトルの「マシュマロ」はおっぱいのこと。私はおへその下からちょっと膨らんだ臀部から下の方と思い込んでいただけど。

あいみょんの歌ははじめ聴いていたニュアンスと聴きこんだ後のニュアンスがまるで変わっていってしまうことが多く《雲の青さを知る人よ》は空になってしまった人のことを歌ったと気がつくまで時間がかかってしまった。《赤く染まった空から溢れ出すシャワーに打たれて、流れ出す浮かび上がる一番弱い自分の影》《青く滲んだ思い出隠せないのは、もう一度同じ日々を求めているから》まるでその情景が浮かび上がってくる。ずいぶん前に亡くなってしまった妹のことを考えてしまった。

《真夏の匂いがする》って絵の具の匂いがするってホントかな?つい最近、サンドロ・ボッティチェリの「美しきシモネッタ」を模写している話を聞いたけど、真夏の匂いがするかどうか週末尋ねてみよう。

観たものや読んだものは自分の中で次々と変換されて行くような気がするが、匂いや聴いたものと同様記憶を呼び戻すことが多いと感じる。サンタ・マリア・ノヴェッラの「ポプリの葉」がテーマ。《こんなに小さな袋の中に2年前の私がいます》、そしてこぼさないように丁寧にハサミで封を切る姿が目に浮かぶような。昔の彼女が付けていたオーデコロンの香りを急に思い出してハッとする事にも似て。(これは「朝陽」と同じ女の子が主人公)

A.P.Cの黒い財布というリズムが良くて展開した曲。《知ってるレッテル貼られてる》《女は別れが近づくほど可愛くなって綺麗になるの》とか言葉遊びも楽しい。タイトルの「チカ」は小魚の名前。小賢しい嘘をついて気を引かせようとばかり。こいう子に振り回されたら大変だ(私はないけど)。

ハワイではなくハワイアン施設みたいな場所でやさぐれている女性のイメージ。心なしか「そんな風に生きている」はゆるいムードの曲。うまい具合にちやほやされている女を見ていて、フン、と思ったけどやっぱりかまって欲しいこともあるめんどくさい自分を「そんな風に生きている」とハスに構えて見せたり。ラストはランラ、ラララ、ラララ、ふぅ〜と終わり、リピートで1局目が始まる流れも気に入っている。

達郎さんの昔のインタビューで文章は努力して成すことができるが音楽は降りてくるものだと言っていた。あいみょんはこのアルバムのインタビューで「降りてくるというよりも、そこに流れているものを掴み取る感覚に近い」と言っていた。アルバムを作成するために曲作りを始めるのではなく、ストックされた曲の中からいまの自分にふさわしい曲を選びアルバムを作るあいみょん。自分は自分の風に乗って生きている。このアルバムに漂う落ち着きはそこから生まれてくるのではないか。

◼️シングル
今夜このまま 2018.8.8
ハルノヒ 2018.11.14
真夏の匂いがする 2019.7.24
空の青さを知る人よ 2019.10.2
裸の心 2020.6.17

◼️アルバム 2020.9.20