


色々見て回った夏の日の夜の締めは鰻で
鰻といえば落語。夏になると(いや冬でも)聴きたくなるのが志ん朝さんの「鰻の幇間」。騙したつもりが騙された一八が、店や鰻に、そして漬物もだらしなく寄っかかっているなどとあれこれ文句をつけ始める。しまいには二人分いやお土産分まで払わされた挙句上品な下駄(幇間は身なりにきちんとしている=おしゃれは足元から)まで取られてしまう。
ちょっとまくらが長すぎたようだが、仕方がない、鰻だもの。私の場合、大好物といえば鰻。幼い頃から、何が食べたい?と問われると鰻と即答して両親を呆れさせてしまったほど。仙台の山の上にあった鰻屋「ての字」が親父のご贔屓。親父曰く、「ここのご飯がうまい」が口癖。電話してご飯の炊きたてに合わせてブルーバードに乗って家族で行くのが楽しみだった。
都内の有名どころに行かず、もっぱら地元浦安の鰻屋に行くのが年に数回の楽しみ。以前は浦安市場の場外においしい店(テイクアウト専門)があったが、市場の閉鎖後に移転し数年で店をたたんでしまった。その代わりに贔屓にしているのが「勝花」という店。ここも夜の営業はやめて昼の営業のみ、午後はテイクアウトのみになってしまっている。うふふ、「浦安市物価高騰対策商品券」が合計10,000円分あり、それを割り当てようと考えていた。
まずは白焼きやでキリリと冷やした日本酒。銘柄は宮城県栗原市の萩野酒造の「萩の鶴」。わさびをちょんとのせて頬張ると、いやぁもぉ、待ってましたと言わんばかりの口内が喜びで溢れ始める。鰻の身の上ってのは、舌の上に載せるでしょ、トロッとくる。
蒲焼の方はというと、まずは丼を熱湯で温める。ご飯を少しよそい、タレと山椒をふり、その上に鰻を載せる。ご飯をもう一度よそう。もう一度タレと山椒をかけて鰻を載せる。白焼きや漬物で日本酒を味わっている時間は蓋をして蒸しておく。よだれがもォ、垂れてきて待ちきれなくなって蓋を取り、もぉ無我夢中で頰張る。もぐもぐと食べながらおそれ入りやしたとくる。ああ、うん、幸せ。横で食べきれないのをちょっともらったりして、最後の最後まで、おいしいね、贅沢だね、まったく、と二人で頷き合っていた。
入谷の朝顔市の帰りに不忍池の蓮に心打たれ、湯島の和菓子屋「つる瀬」に立ち寄る。そして、夕方には鰻を取りに行く。なんとまぁ、充実した(詰め込みすぎた)一日だったことよ。
そういえば、志ん朝さんは大好きだけど鰻を絶っていた。二つ目の朝太の頃に悪いことが続き、母に勧められお参りした寺が、寅年の守護仏である虚空蔵菩薩を奉ったお寺だった。それ以降、虚空蔵菩薩のお使いである鰻を断つことにしたそうだ。TV番組のインタビューで、死ぬ前に食べたいものはと問われ鰻と答えたそうだ。私も同じことを言うのだろうか。
鰻といえば、必ず思い出すのが「ご飯がおいしいと」と言って連れて行ってくれた親父と志ん朝さんの噺。親父が亡くなったのが66歳の秋、志ん朝が亡くなったのが63歳の秋。親父よりも長生きしている毎日を大切にするかしないかは自分次第。











